ショートストーリー 「夜空に赤々な星」 本文(13)

おっちゃんは、瑞希の涙に気付いた。
あれれ、なにも泣くことはなかろうも。たかがパチンコやん。
「負けたよ〜」
つぶやく瑞希。肩を落とし悄然としている。
おっちゃんは言った。
「初心者が勝つわけなかろうも。それもたったの千円でよ。」
「さっ、おねえちゃんのそん涙にこたえちゃろか。
これから3時間付き合わんか? ここでパチンコを教えちゃる。
おねえちゃんと俺が交代で打つことにしよう。
まず、おねえちゃんがこの1箱がなくなるまで打つ。
そしたら俺が打って1箱分取り戻す。
3時間後にやめて、今より増えた分はおねえちゃんの取り分や。
もし減ってたら、残念ながらおねえちゃんはゼロだ。
ま、千円分くらいの玉をあげるさ。
さぁ、どうだ、元本保証だぞ。やるか?」


瑞希に異存などあるはずもない。3時間後といえば夜7時前だ。
「うん、やる。おっちゃん優しいね。お願いします!」

置いとかれたおいといておじさんは、事の成り行きを3台離れたところ
から見守っていた。
曇っていた瑞希の顔が明るくなって、再び台に向かったのを見て、
やっぱりあの娘は勝つぞーと呟いた。


瑞希は瞬く間に1箱分を流してしまったが、その間に色々学んだ。
風車(かざぐるま)に弾かれるな!
上下に打ち分けろ!
回転だっ、回転!
おっちゃんのアドバイスに反応できるようになってきた。
瑞希が流しておっちゃんが戻すというのを5回繰り返すうちに、
瑞希が打っている時間がだんだん長くなっていた。
おっちゃんが打っている間は、玉だしの勢いや玉筋を凝視していた。
6回目の番が回って来た。約束の3時間まであと30分だ。
今度は流さない。絶対に増やす。目標は1箱だっ!


20分後、おっちゃんが叫んだ。
「おぉっ、確定だっ!」
キュインキュインと音が鳴り響いた。
瑞希が遂にやった。
満面の笑み。思わずハンドルから手を離した。
すかさず、おっちゃんの声が飛ぶ。
「ばかっ、手を離すやつがあっか!」
慌ててハンドルを掴みなおす。
「やったよ! おっちゃん」


約束の3時間で、約1箱分を稼いだ。
パチンコに勝ったとは言えないが、おっちゃんとの約束には勝ったと思った。


置いてきたおいといておじさんの姿を目で探した。
おっちゃんの隣の台に座っていた。笑顔だ。
今日は不思議な日だ。
見ず知らずのホームレスおじさんとパチンコおっちゃんの二人に出会い、
今まで経験したことの無い世界に踏み込んだ。
楽しかった。
二人のおじさんが温かかった。