瑞樹登場 悲しみの淵

それは、ほんの小さいほころびだった。
誰でもベローチェのコースター代わりの紙にメモした電話番号をケータイに登録してしまえば、その紙は捨てるだろう。
しかもシュレッダーにかける事も無く、せいぜい小さく丸めてコーヒーカップと一緒に食器返却棚に置くのが関の山。
一般的に人の情報セキュリティ意識ってものは、そんな程度だ。


自分の痕跡を残すことに臆病な瑞樹は、ベローチェを出た後、一抹の不安を感じた。
「しまった。さっきのメモをカップと一緒に置いて来てしまった。
でも、あんなに小さく丸めたし、客や店員が、そんな物に興味を抱くわけも無い。
ま、いっか。」
感じた不安は、あっさりと記憶の隅に追いやられ、脳が他のことに注意を向けた時、
2度と浮かび上がることの無い消えていい記憶領域に閉じ込められた。


しかし、
そのとても小さな不安は、瑞樹を悲しみのどん底に落とすことになるのだった。



(誰かこの後を続けてみない?)