ショートストーリー 「夜空に赤々な星」 本文(2)

=====本文(2)=====
昨日、ホームレス仲間が死んでいるのを見つけた。
前の日まで一緒に空き缶集めをしていたのに。
寡黙だが信頼できる仲間だった。
岩(ガン)さんと呼んでいた。本名は知らない。
突然死だった。
呼びかけに応えぬ岩さんの姿に呆然と立ち尽くすおいといておじさん。
自分の将来の姿を重ね合わせ、死の恐怖に襲われる。
訪ねて来たNPOの田中さんに岩さんの死を伝える。
田中さんが市役所に届け、警察の検視後、官報に行旅死亡人(コウリョシボウニン)として
掲載された。
身元を手繰り寄せる手がかりは何一つ無かった。
たった1枚の写真には笑顔の家族が写っていた。
たぶん、妻と一人娘。
何度か見せられたことのある写真。
5年前に撮ったんだと言っていた。
会社のために家族のために懸命に働いていた。
ある時、部下がパソコンを車上荒らしで盗まれ、顧客情報が流出した。
その責任を問われ、降格。
会社はその関連の事業から撤退を余儀なくされ、事業部門が消滅。
数十名の社員がリストラの憂き目に遭った。
彼もそれから逃れることは出来なかった。
悄然と公園のベンチに座り、時をやり過ごす日々。
世間は長い不況で再就職もままならない。
家庭も荒れる。
岩さんは言っていた。
「俺さぁ、逃げてきたんだよ。世間からね。それと家族から」
僅かな金を持って横浜から西へ西へと職探し。日雇いで食いつなぎ、
家庭への仕送りを優先するあまり、身体を壊す。
医者にも行けず、仕事も無く、ケータイは打ち切られ、家族とのつながりも切れた。
それから4年。何とか生きてきた。
「娘はどうしてっかなぁ。今年で18歳だよ。」
「こんなおやじで申し訳ないよなぁ。」
「なさけねぇよ。」
「でもさぁ、どうにもなんねぇんだよ。」
「女房の実家で暮らしてるはずなんだけどねぇ。」
と汚れ光りする額にしわを寄せて、時々話していた。
そんな岩さんはおいといておじさんにとって、たった一人のともだちだった。
1年前から互いに助け合うようになった。
別に励ましあうってことはないが、食べ物を分け合ったり、シートハウスの
メンテナンスをし合ったり。

「俺の父親も兄貴も心臓で早死にしてんだよ。俺もさぁ、ここんとこ胸の奥がね
きゅっと痛んだりするわけ。だから、あぁ俺にも来たなって思うんよ。」
「死ぬ時ゃさ、ぽっくりがいいよな。まだ54歳だってのに、こんなに
老けちまって。5年前までは、こんな俺の姿なんか有り得なかったつぅの。」

「あんときゃ、会社を恨んだ。人事部の若造を恨んだ。部下を恨んだ。」
「今もさぁ、部下の顔がさぁ夢に出るんだ。」
「俺ってさぁ、馬鹿だから、そいつに金渡すんだよ。これで飯でも喰えってさ。」
そんな話しをした時の岩さんの泣き笑い顔がまぶたにこびりついてる。


5㎜くらいに伸びた頬のひげを涙に濡らして見上げた空に、赤々な星が輝いていた。
まったく瞬かない星。
星の名前なんか知らない。
でもその星が気になった。
自分の目もこんなに赤いかも知れない。そう思った。
=====

にほんブログ村 その他日記ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 その他日記ブログ