男は女の役に立とうとするもの

何もすることもなく、ネットで結果を知ってしまった女子フィギュアスケートを観る気も失せて、ぶらりと外に出た。もう9時を回っている。そういえば腹も減って来た。飯だな。足は馴染みの屋台に向かう。
そうか、スナックにつけがたまってるなぁ。払いに行くか。
屋台の反対の歩道を歩いて中洲の丸源36に向かった。
寒い。明日からの三連休は雪になるらしい。ホワイトクリスマスを期待している女たちがたくさんいるだろう、そんなことを考えながらエレベーターの箱に乗り込んだ。


スナックに入る。いつもはなじみの顔が一斉にドアに向けられ、すぐに挨拶、いやぁ、また会いましたね。などと会話が始まるのだが、この日はドアに向けられた顔に馴染みは無かった。
お気に入りのママが、ごくうさん、こっちに座ってとカウンターの奥を指差す。もとより否は無いのでそれに従って奥に向かうと、あら、と声が上がった。
おぉ、馴染みの顔が一つあった。一番奥に。これまで見てきた女カテゴリーにはまらない女Y。ちょくちょくここに来ているようで、常連の男たちに人気がある。
隣に座る。ひとしきり再会の挨拶を交わし、共通の話題を肴に飲み始めた。

カウンター越しにバイトのAYNが焼酎水割りをタイミングよく作ってくれる。
カーディガン姿の俺をを見ながら、ごくうさんはセンス良いよねとお世辞を言う。
お世辞と分かっていても嬉しいものだ。
いつもは、ごくうさんを見ると高田純次を思い出すし、テレビで高田純次を観るとごくうさんを思い出す。と言い、いい加減男って決めつけられているのに、初めてお世辞を言ってくれたよ。

Yは大柄でかわいい声の持ち主。ワイワイキャッキャッと若い女のように華やぐ。しかし、コアは見えない。
一応友達のつもりでいる。
そのYから悲しい知らせを聞いた。
めだかが涅槃像と名付けたNさんが8月に亡くなったというのだ。今年春先に呉服町のスナックで2年ぶりにお会いした時、癌で入院すると話していた。余命数ヶ月と宣告され7月までしか生きられないとも。
掛ける言葉を見つけられないままお別れしたのだが気になっていた。一緒に笑い歌い飲んだ。悲しいね。


さて、スナックに戻そう。
お客がどんどん増え、Yのお気に入りの客も入って来た。だいぶ飲んでる様子。忘年会帰りだろうか。
しばらく隣で飲んでたYがその客の隣に行き、会話した後、二人で出て行った。男は嬉しそうだ。
なんだ、友達がいの無いやつめ。一言断って行けよ。
ドアを閉める前にこちらに手を振った。
しゃあない、許してやる。おかしなことになるんじゃないぞ。

隣の常連やママやAYNと愉快に話し歌い飲んで盛り上がっていると、Yと出て行った男が帰って来た。
ん? どうしたんだ。
どうやらおじやを食べに行ったらしい。Yは帰ったと。
男は出て行く前の表情とはうって変わって疲れた顔でカウンターで悄然としていた。
なんだ、Yの誤解を生む行動に付き合わされたのか。

男はこうあるんだ。
女に頼まれると役に立ってやろうとする本能が目覚め、その事に貢献するのだ。対価など考えもせずにね。